芝居の途中で、客席の集中が落ちる時間帯があります。
内容が悪いわけではない。役者も手を抜いていない。それでも飽きます。
原因の一つは、刺激が一つの感覚に偏っていることです。
多くの舞台は聴覚に偏っている
俳優は、セリフで勝負しようとします。
言い方を変える、間を変える、強弱をつける。全部セリフの話です。
すると、客席に届く刺激はほぼ聴覚だけになります。
「視覚もあるだろう」と思われるかもしれません。ありますが、そこに落とし穴があります。
視覚は、いちばん早く飽きる
二人が向かい合って喋っている。この状態が5分続くと、視覚情報はほとんど変化しません。
人間の知覚には慣れがあります。変化のない刺激には、脳が反応を弱めていく。
だから、大きな変化がない限り、視覚は早い段階で情報として機能しなくなります。
そして聴覚も同じです。同じ音量、同じ距離、同じ質の声が続けば、そこにも慣れが起きます。
結果、視覚も聴覚も抜けて、「なんかやっているな」という状態になります。
これが、面白くない芝居の正体だと思っています。作品の質ではなく、刺激の設計の問題です。
五感のどこを使うか
対策は単純です。刺激の入口を増やすこと。
演劇で直接届けられるのは視覚と聴覚だけですが、残りの三つは想像で動きます。
触覚
人が人に触れる。物を強く握る。床に手をつく。触れた瞬間、客席は自分の手の感覚を想像します。
観客が「共感した」と言う場面を聞いていくと、視覚的な場面のようでいて、実は触覚に触れていることがよくあります。
嗅覚・味覚
これは主にセリフで作ります。梅干し、雨のにおい、線香。言葉で指すだけで、身体が反応します。
脳は、想像と現実をあまり区別しません。梅干しを想像すると唾液が出るのは、実物がなくても身体が動く証拠です。
変化を作る具体策
距離を変える
二人の間の距離が変わると、視覚情報が更新されます。近づく・離れるだけで慣れがリセットされます。
高さを変える
座る、立つ、床に手をつく。舞台上の高さの構成が変わると、絵が変わります。
音を消す
これが強い。ずっと喋っていた場面で音が消えると、聴覚の慣れが一気に解けます。
決定的なセリフの前に動きを止めるのも同じ原理です。情報を減らすと、次の情報が強く入ります。
触れる
一度も触れない芝居と、一度だけ触れる芝居では、その一回の重さがまったく違います。
自分がどの感覚の人か
これは俳優側の話です。
人によって、いちばん反応する感覚が違います。
梅干しと言われて唾液が出る人。雨と言われてにおいが来る人。川と言われて音が来る人。
自分がどれなのかを知っておくと、役の想像を立ち上げるときの入口が分かります。
そして重要なのは、自分と違う感覚の人が客席にいるということです。自分が視覚優位なら、視覚だけで作ってしまう。すると、聴覚優位の観客には届きにくくなります。
複数の感覚に置いておくのは、届く範囲を広げる作業でもあります。
「すれ違って見えるように」ではなく
もう一つ、関連することを書いておきます。
演出から「ここはすれ違って見えるようにして」と言われたとき、すれ違って見える形を作ろうとすると、うまくいきません。
形から入ると、動きが説明になります。
「すれ違うとは何なのか」から考えるほうが早いです。相手の言葉を受け取らずに返しているのか、聞いているのに違う意味で受け取っているのか。それが決まれば、形は自然に出てきます。
刺激の設計も同じです。飽きさせない形を作るのではなく、どの感覚に何を置くかを決めれば、形は後からついてきます。
まとめ
・多くの舞台は聴覚に偏っている
・ 視覚は最も早く慣れが起きる
・触覚・嗅覚・味覚は想像で動く
・距離・高さ・無音・接触で変化を作る
・自分の優位な感覚を知り、それ以外にも置く
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